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星 4.5 と星 4.5 は、同じじゃない ── 観光業の感情データ活用、解像度の話
口コミ、SNS、レビュー写真。観光客が残した感情の断片を LLM が読み解く時代に、星の数だけでは捉えきれない満足度の構造をどう活かすか。観光・自治体・ホスピタリティの方向けに 5 分で。
こんにちは。Affectosphere Group の井下です。
最近、自治体の観光担当の方とこんな話をしました。
「うちの観光地、星評価は 4.5 で、近隣の競合地と同じ点数なんですよ。でもリピート率がぜんぜん違うんです。なんでだと思います?」
ちょっと立ち止まると、この問いの奥行きはけっこう深いです。
星 4.5 と、別の星 4.5。 集計上は同じ数字でも、その裏側にある体験は、まったく違うものかもしれません。
期待を上回る驚きで 4.5 になっている観光地と、期待通りで小さな不満が散らばっているのに 4.5 になっている観光地。 どちらも数字は同じ。でも、リピート意向や口コミの広がり方は別物です。
これまで観光業の体験評価は、「再訪意向」「総合満足度」「NPS」といった単一スコアで動いてきました。 でも現代の観光客は、旅の途中で SNS に投稿し、帰宅後にレビューを書き、写真とともに口コミを共有しています。 これらの非構造化テキストには、星の数では捉えきれない感情のテクスチャ ── 期待、驚き、戸惑い、安堵、感謝 ── が滲んでいます。
私たちが 2025 年に公開した研究1では、こうした観光客の口コミを LLM で解析することで、観光地ごとの感情プロファイルを構造的に取り出せることを示しました。
今日はこの研究を、観光業・自治体・ホスピタリティの方の言葉で書きます。
今日の結論を 3 行で
- 価値: 観光体験は「単一スコアの集計」ではなく「感情の流れの構造」として捉える時代に入った。星 4.5 と星 4.5 は同じではない。
- 設計: LLM は感情を時系列で抽出できる。「旅の入口での期待」「現地での驚き」「帰路での余韻」を別々に見ると、改善ポイントが桁違いにシャープになる。
- 感情 AI 視点: ただし、「強い少数」に振り回されない設計が要る。穏やかな多数派の声を潰さない読み方こそ、感情データ活用の品格を決める。
順に書きます。
① まず、何ができるようになったか
3 つの変化が、ここ数年で観光業の感情データ活用を一段押し上げました。
ひとつめは、多源データの統合解析。
観光客の体験評価は、もはや単一のアンケートでは捉えきれません。 SNS の短文投稿、旅行サイトのレビュー、ブログ記事、写真に添えられたキャプション ── これらが組み合わさって初めて、旅の全体像が浮かび上がります。
各チャネルが捉える感情の種類が違うんですよね。
- SNS → 瞬間の高揚、その場の驚き
- レビュー → 事後の総括、冷静な評価
- ブログ → 旅の物語性、文脈つきの記憶
これらを並列で読めるようになっただけで、観光地ブランディングの解像度はだいぶ変わります。
ふたつめは、感情ダイナミクスの時系列抽出。
従来の感情分析は、テキスト全体に対して一つのスコアを与えるのが一般的でした。 LLM を使うことで、「旅の入口での期待」「現地での驚き」「帰路での余韻」といった時系列の感情変化を構造的に取り出せるようになりました。
これ、観光業にとってはかなり大きい変化です。 満足度を一つの数字に潰さず、感情の流れとして捉えられる。 リピート意向や口コミ拡散の要因分析が、別物のシャープさになります。
みっつめは、満足度の構造分解。
「楽しかった」という一語の背後にあるのは、アクセスの良さ、価格、サービス対応、景観、文化的体験、地元の人との交流、など複数の要素です。 LLM はこれを要素分解できる。 施設・地点・季節ごとの強みと弱みを、定量的に語れるようになります。
② これがビジネスに何を生むか
3 つの機会に集約できます。
ひとつめは、感情マップによる観光地ブランディング。 感情データを地理情報と組み合わせることで、観光地内のどの地点でどの感情が強く生まれているかを「感情マップ」として可視化できます。 どの地点を主役にし、どの導線を強化するかの根拠データになる。 星評価の集計では絶対に見えない、滞在体験の質的構造が浮かび上がります。
ふたつめは、インバウンド戦略の文化的高解像度化。 複数言語のテキストを並列に解析することで、出身文化圏ごとに「何が魅力で、何がつまずきポイントか」を解像度高く把握できます。 欧米圏の観光客が評価するポイントと、東アジア圏の観光客が評価するポイントは、ほんとに違うんですよ。 文化圏別の体験設計を行うことで、満足度の底上げとリピート率の改善が同時に狙えます。
みっつめは、商品開発と滞在設計の高解像化。 感情ダイナミクスのデータは、新しい観光商品の企画と既存商品の改善の両方に活きます。 「旅の前半で期待を高め、中盤で驚きを設計し、後半で余韻を残す」── これを感覚ではなくデータに基づいてやれる時代になりつつあります。
③ 感情 AI として一番伝えたいのは、ここ
ここが、Affectosphere Group が研究室として強調したいポイントです。
LLM による感情解析って、実は「強い感情の声」を相対的に大きく拾う傾向があります。
激しい不満、過剰な賛辞、ぞわっとする失敗体験 ── こういう投稿は、語彙の強度が高くて、自然に解析側で目立つんですよね。
これ、観光業にとっては地味に怖い構造です。
設計を一歩間違えると、こんなことが起きます。
ごく少数のクレーム投稿が、施設の改善優先順位を歪める。 本来注力すべき多数派の体験向上が、後回しになる。 そして、穏やかに満足していた多数派は、可視化されないまま静かに次の旅行先を選ぶ。
これ、感情 AI を研究してきた立場から見ると、「曖昧で穏やかな感情を潰す技術になっていないか」という問いとつながります。
私たちの研究室は、感情を「曖昧で多義的なまま扱う」ことを核にしています。 人の気持ちは、最大値や最小値だけで語れるものじゃないですよね。 「すごく満足した」と「すごく不満だった」の両端だけ見ていると、観光客の大半が滞在している「だいたい良かったけど、もう一回行くかは微妙」というグレーゾーンが見えなくなる。
そして、観光業のリピート率を決めているのは、たいていこのグレーゾーンの側です。
感情データ活用の品格を決めるのは、「強い少数」と「穏やかな多数」を分けて読める設計力だと思っています。 LLM が出してきたスコアを鵜呑みにする前に、「これは少数派の強い感情に引っ張られてないか?」と問う運用が、観光業の感情データ活用には必要です。
加えて、SNS データの扱いは倫理的にもセンシティブです。 SNS 投稿は「公開された」テキストである一方、投稿者が事業者による分析を意識して書いたものではありません。 GDPR・改正個情法・各観光地の自治体条例への適合性を、法務と一緒に丁寧に確認するのが現代の最低ラインです。
じゃあ、明日から何をするか
動かせる打ち手を 3 つだけ。
- 自社・自地域の観光客テキストデータが、どのチャネルにどれだけ蓄積されているかを把握する。意外と、ほとんど誰も棚卸ししていません。
- 主要観光地点ごとの感情プロファイルを LLM で抽出して、地図上に可視化する。「感情マップ」が一枚あるだけで、観光戦略の議論の質が変わります。
- 「強い少数の声」と「穏やかな多数の声」を分けて読む運用ルールを内部に明文化する。これだけで、観光地の改善優先度の歪みが大きく減ります。
冒頭の自治体担当者の問い、「同じ星 4.5 でもリピート率が違うのはなぜか」に答えるには、感情の流れと文化圏別の解像度の両方が要ります。 逆に言うと、ここを丁寧に見れば、その差は説明可能になります。
締め
観光業はずっと「思い出を売る産業」と言われてきました。 でも思い出は曖昧で、定量化が難しく、改善の根拠データになりにくいという課題を抱えてきました。
LLM を使った感情データ解析は、この「曖昧な思い出」を、構造を持って扱える可能性を開きます。
ただし、データは観光客が事業者向けに書いたものではない、という基本は忘れてはいけません。 データを尊重し、文化的多様性を取りこぼさず、強い少数に振り回されない読み方こそが、感情データ活用の品格を決めます。
「うちの観光商品、感情の流れに耐えうるか」と気になった方、まずは感情マップから作ってみてください。 意外な地点で、意外な感情が立ち上がっているのが見えてきます。
では!
参考論文
- 尾崎博信, 井下敬翔 (2025). 京都・滋賀・奈良3府県の観光拠点間における口コミの類似性に着目した観光候補地群の分析. 情報知識学会誌, vol. 35, issue 2, pp. 327-333.
※ 本記事は一部 AI により執筆されており、間違った情報が含まれる恐れがあります。
Footnotes
-
尾崎博信, 井下敬翔, 「京都・滋賀・奈良3府県の観光拠点間における口コミの類似性に着目した観光候補地群の分析」, 情報知識学会誌, vol. 35, issue 2, pp. 327-333, 2025. ↩